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DXはAXへ

作成者: 小越 建典|2026年8月12日

「日本の企業にはDX(デジタルトランスフォーメーション)が必要だ!」と言われて久しいですが、実際に話をすると、最新テクノロジーやツールの話になりがちです。生成AIを導入する。データを活用する。業務をクラウド化する。最近ならAIエージェントを使う。もちろん、どれもDXを進めるうえで重要な技術です。でも、いつの間にか「新しいデジタル技術を導入すること」そのものがDXになってはいないでしょうか。単なる効率化ではなく、トランスフォーメーション=変革しなければ、DXにはなりません。そして、テクノロジーやデジタルツールは、実はDXの本質ではありません。そのことを、とてもよく体現している”漁師”がいます。

労働時間は半分、生産量は3分の1、でも売上は2倍

岡山県の漁船「邦美丸」は、漁業の常識をひっくり返しました。その名も「完全受注漁」。従来の漁業は、獲れるだけ魚を獲り、市場へ大量に出荷します。当然、たくさん売るためには、たくさん獲らなければなりません。操業時間は12時間超えが当たり前、燃料費もかかる。魚を獲りすぎれば、水産資源にも負荷がかかります。売上を増やそうとすれば、仕事もコストも環境負荷も増える、というわけです。一方、邦美丸はネットを使って消費者と直接つながり、事前に注文を受けた分だけ魚を獲るようにしました。漁協や市場を介さない。いわば「オンデマンド漁業」です。新しい流通なのですが、逆に言えばそれだけです。それだけなんですが、とても面白いことが起こるのです。卸や小売を介さないため中間コストが減り、価格決定権は自分たちにあります。大量に獲らなくても利益を確保できるため、長時間操業する必要がなくなりました。連動して、燃料代などのコストも削減され、魚の獲りすぎも防げるようになりました。

労働時間は半分。生産量は3分の1。それなのに売上は2倍。

私自身、これまで何百というビジネスモデルを解説したり、図解してきましたが、ここまできれいな「トレードオン」の構造はなかなかありません。トレードオンとは、普通なら相反するものを両立させること。あちらを立てればこちらが立たない二者択一の世界であるトレードオフというのに対し、トレードオンはWin-Winの関係性を言います。「売上を増やしたい。でも、労働時間は減らしたい」「利益を増やしたい。でも、コストは減らしたい」「事業を成長させたい。でも、環境も守りたい」普通なら、どちらを優先するか考えます。ところが邦美丸は、「どちらか」ではなく「どちらも」を実現してしまいました。

DXはトレードオフをトレードオンにするしくみ

そしてすごいのは、特別なテクノロジーやツールが、使われていないことです。最新のAIを導入したわけでも、高度なシステムを構築したわけでもありません。「完全受注漁」は、せいぜいネット通販が使えれば成立するしくみです。DXを成立させるのは、テクノロジーではないことがよくわかります。テクノロジーを使って、ビジネスを根本から変えるしくみそのものです。もっといえば、トレードオフという従来のビジネスの常識を覆し、トレードオンを実現することです。そう考えると、DXは一部のITに詳しい人たちだけの難しい話ではなくなります。むしろDX(デジタルトランスフォーメーション)でなく、アナログを主体にしたトランスフォーメーション、つまりAX思考こそトレードオンの可能性を広げられるのではないでしょうか。あなたの会社にも、「仕方がない」と諦めているトレードオフはないでしょうか。AX思考からトレードオンの種を探してみると、よい道筋が見えてくるかもしれません。