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”人工知能”を考える

お疲れ様です、髙橋です。
 
先日、興味深いテーマを取り扱ったゲームをプレイしました。
タイトルは、『Detroit:Become Human(デトロイト:ビカムヒューマン)』。
高度な人工知能を搭載された、アンドロイド達の物語です。
 
今回はそのゲームについて紹介したいと思います。
 
ゲームの舞台は、2038年のアメリカ・デトロイト。
一般家庭にも、当たり前にアンドロイドが普及している世界です。
しかしそこでアンドロイド達は、不当な扱いを受けています。
店員や現場作業員、家事手伝い等として仕事をこなす彼らは、人間達に必要以上に虐げられ、まるで奴隷のように扱われています。
中には、日常的な暴力の対象になっている者もいます。
 
しかしアンドロイド達も耐え忍ぶばかりではありません。
人類に反旗を翻し、命令に従わず、自分の思うままに行動を選択する存在、通称”変異体”となって革命を起こし、新たな知的生命体として自分達の自由と人権を認めるように人間達に語りかけます。
ADVの為、結末はプレイヤーの選択次第です。
人間達との平和的な共存の道を模索するか、それともどちらか一方の種族が途絶えるまで戦い続けるか。
ちなみに私は人間と戦争を起こし、地獄のような結末になりました。
 
ところで、皆さんは「2045年問題」というのをご存知でしょうか。
これは”シンギュラリティ”という言葉でも表され、
「人工知能(AI)が地球全人類の知能を凌駕する」という、技術的特異点のことです。
 
これによって懸念されている大きな問題のうちの1つは、雇用の減少です。
ゲーム内でも、アンドロイド達に仕事を奪われ、失業した人々が登場します。
彼らは人間に取って変わるアンドロイド達を憎み、そんな存在は不要だと街中でデモを起こします。
ですが、技術が発展してしまった以上、それを自ら衰退させることはできません。
 
私はゲームをプレイしていて、デモを起こす人々の意見とは逆のことを考えました。
アンドロイドは常に最適解を見つけて行動することができ、身体能力にも際限がありません。
さらに初期バッテリーでは約173年もの間生存することが可能で、善良な魂を持ち、ミスや犯罪を犯すことは決してない。
その上成人モデルだけでなく子供型や動物型のアンドロイドもいる為、それこそ彼らだけで”人間らしい健全な営み”を再現することができるのです。
また、1つ考えたのは「感情とは、どうやって証明するのか」という問題です。
変異体が見せる感情は、本物なのか、それとも人間の模倣をしているに過ぎないのか。
ただし例えそれが模倣だとしても、それを見た人間がもし心を動かされたのなら、それだけで何か意味を持つのでしょうが。
(AIの持つ感情が本物かどうか、チューリングテストをテーマにした『エクス・マキナ』という映画があり、こちらもオススメです)
 
そのようにアンドロイドが自らの意思や感情でもって人生を選択しうる、完璧な存在になるのなら、人類の必要性とは何なのでしょうか。いわば不完全な存在に価値を見出すことが、それほど重要なのでしょうか。
これは当然ナンセンスな考えであると理解していますが、それでも思わずそんなことを考えずにはいられないゲームでした。
 
人類の手によって、人類以上の知能を持つ存在が誕生した時、彼らが牙を剥かない道理はないのかもしれません。
ここに書いたことは全て私の主観ですが、興味を持たれた方は是非一度プレイしてみて下さい。

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