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世界で通じる「積読」の素晴らしさ

今回はIT事業部/似鳥です。

先日、明治から続くとある書籍のPDFをチェックするという業務中に
「積読」について書かれた記事を見つけ、「こんな昔からある言葉なのか」と驚きました。
ちょっと気になって色々調べてみましたので、
今回はそんな「積読」についてのアレコレをお届けしたいと思います。

上述したように「積読」が生まれたのは明治時代。
読書家なら絶対持っているものといわれ、なんと「Tsundoku」として海外でも一定の認知があるそうです。

2018年7月29日にはイギリスのBBCが
「Tsundoku:本を買い、それを決して読まないということ」という記事をweb上で公開。
記事中では似たような意味を持つ「Bibliomania」(蔵書狂)という言葉を紹介し、
「積読」は「読もうとして結果的にコレクションしている」状態のことであり、
「Bibliomania」は「コレクションする意思を持って本を集めている人」のことだ、とも書かれていました。
記事を読んだ海外ユーザーからは「自分のことだ!」「この現象名前あったんだ」と
共感の声が相次いでいるそうです。

読書家の悩みは世界共通だったようですね。

読書家の悩みといえば、「積読」は無駄遣いではないのか?という問題です。
これについては様々なブログやWEBサイトではっきり「無駄ではない」と否定されています。
なぜ無駄ではないかというと、
「読まずとも所有しているだけでその本に書かれている知識を持っていること同義である」
という考え方があるためです。知識とは必ずしも暗記しているもののことだけではない、ということですね。
必要なときに必要な本があることはそれだけで素晴らしいことなのです。

さらに、「積読」があるということは「知りたい」という欲求があることの証明でもあり、
日常的に積まれた本を見るだけで人間の無意識に「知りたい」という思いが刻まれ、
新鮮なひらめきが生まれる、ともいわれています。
「積読」は無駄どころか良い効果がたくさんですね!

新しい本を買うということはいつか読む可能性が生まれ「知識を手に入れた」ということ。
買わなければ読むという可能性は消え、その知識は「二度と手に入らない」ともいえるのかもしれません。
本は腐りません。電子書籍なら朽ちることもありません。
これからも「積読」というカタチで知識を溜め込みたいと思います。

●以下、参考にしたサイト

“積読” は解消の必要なし! 東大教授に学ぶ、”積読” ほんとうの価値。


なぜ人は「積読が無駄」という勘違いをするのか


英BBCも特集 書物を読まずに積んでおく「積読」が海外に広まる
http://news.livedoor.com/article/detail/15089066/

Tsundoku……積ん読 それは本を買い、決して読まない技
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-45002434

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■ 編集後記
かくいう私は本を全く読みません。最後に読んだのは「ライ麦畑でつかまえて」です。
確か大学生の頃だったと思いますが、実は最後まで読んでおりません。
いつか読もう、きっと読もうとは思っているのですがなかなか手をつけないものです。
また、片付けが苦手なので極力モノは買わないようにしている(なるべく電子媒体で買う)ため
何かを「積む」という経験も乏しいです。「積読」は外部性の知識なのだと思うと、
自分は今までいくつの知識を捨てて来たのかと後悔してしまいます。
(IT事業部 似鳥)

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